期間:2016年5月15日から22日
主催:JTBメディアリテーリング(旅物語)
行程:行き、成田ーウィーン空港(乗り継ぎ)ーグラーツ空港(オーストリア)
帰り、ザグレブ空港ーウィーン空港(乗り継ぎ)ー成田
※:表題には、クロアチア、スロベニアと書いてありますが、実際にはお隣の国「ボスニア・ヘルツェゴビナ」にも日帰りで行きました。
訪問した街、観光地は、次の通りです。
【スロベニア】ブレッド、ポストイナ
【クロアチア】オパティア、プーラ、ロヴィニ、ポレッチ、トロギール、シベニク、スプリット、ドブロブニク、プリトピチェ、ザグレブ
【ボスニア・ヘルツェゴヴィナ】モスタル
成田空港へ
出発便は、13;45発のオーストリア航空052便
成田集合が、11:45(11時から添乗員が受付します、とのこと。)
オーストリア航空なので第一ターミナルです。
集合場所は、団体専用Kカウンター
ユーロへの両替を済ませて、11時に行ったら、すでに JTB 受付には長蛇の列。
なんと参加者の8割以上がすでに来てました。
集合時間が早い時間でなかったので、皆さん時間にゆとりを持って集まれたようですね。
搭乗機は、ほぼ定刻に離陸し、北回りでヨーロッパで向かいます。
ロシアの上空を通過し、経由地のウィーンには、現地時間18:25に到着。
ただし、日本との時差が7時間あるため、この時点で日本時間25:25、つまり真夜中。
飛行中は、機内は消灯、窓も全て閉じて寝るための環境だったが、熟睡できず。
ほかの写真は → こちら
ウィーン・グラーツ経由ブレッド着
経由地ウィーンには定刻より早く着いたのは良かったが、乗継ぎ便(20:00発)が搭乗後になって機体のテクニカルな問題が発生し、機体変更となり、1時間後の21:00発に延期。
しかも離陸は30分も待たされ、結局、オーストリア国内のグラーツに着いたのは、22時。
しかも、当日?の宿泊予定地は、このグラーツではなく、グラーツからバス3時間、隣国スロベニアのブレッドである。
グラーツの空港を22:26に出発し、国境を22:53通過。
途中トイレ休憩があり、ブレッドのホテルに着いたのは25:30。
表題にあった「ゆったりバスで巡る」とあった通り、グラーツ空港に迎えに来ていたバスは45人乗りの大型バスで、前の席との間隔がたっぷりあり、足置きに足が届かないほど。確かにバスの席は「ゆったり」だった。
この時点では、ツアーのスケジュールがこんなにハードだとは、誰も想像していなかっただろう。
このバスで36人プラス添乗員1名のクロアチアツアーが始まった。
ほかの写真は → こちら
二日目①「ブレッド湖」・・・スロベニアの二大観光地の一つ。
前日?の深夜1時半にホテルに着いたばかりであったが、朝の出発前の時間を使って、ホテルから徒歩で数分のブレッド湖まで散策した。
そう大きくない湖と、教会がある小島、そして湖岸にそびえるブレッド城。
お日様が出ていたので、まあまあ良い写真が撮れた。
朝食後、ホテルを出たバスは、湖岸近くまで行き下車。
まずは、小島(ブレッド島)にある教会「聖マリア教会」に行く。
小島へは、手漕ぎのボート(定員20名弱)で行く。
上陸すると、すぐに99段の石段を登る。
聖マリア教会は工事中だったが、「鳴らすと願いが叶う」という伝説の鐘を鳴らすため、皆が並んでいた。
鐘楼に登ったが、残念ながら良い写真は撮れず。
ほかの写真は → こちら
二日目②「ブレッド城」
ブレッド島と聖マリア教会を観光後、手漕ぎボートで湖岸に戻り、ブレッド城に向かう。
ブレッド城の内部には、レストラン、ワインセラーあり。
ブレッド城観光の後は、ブレッドの街の中のレストランで、ツアー初めての昼食。
ほかの写真は → こちら
二日目③「ポストイナ鍾乳洞」・・規模=ヨーロッパ一、美しさ=世界一
ブレッドから約100km バス約1時間半
一度に100人ぐらい乗れそうな長いトロッコに乗って10分ぐらい(2km)鍾乳洞の中を走る。
トロッコを降りると、1時間ぐらい延々と鍾乳洞を歩く。
その間、次から次へと景色が変化。
場所ごとに、専用の受信機から日本語の説明があるので、それを聞きながら歩き続ける。
ほかの写真は → こちら
二日目④「オパティア」・・二日目の宿泊地・・ホテルオパティア
鍾乳洞観光の後は土産物店散策、トイレ時間。
ポストイナ鍾乳洞を16時前に出発し、66km南下し、アドリア海に面した、イストラ半島の付け根の都市、古くからの高級リゾート地のオパティアに到着。
途中、スロベニアとクロアチアの国境を越える。
その際、全員のパスポートが集められ、バスの中でクロアチア側の入国スタンプが押された。
夕方5時過ぎには、ホテルに到着、夕食の前後に余裕の時間あり。
ホテルはとても由緒あるらしく、ホテル名が市と同じ名前。
その代わり、近代的な設備ではない。特に旧館はちょっとレトロな感じ。
夕食後にホテルのすぐ前の海岸を散策し、ついでに近くのスーパーマーケット(ショッピングセンターの中にあった)で土産用のチョコを買う。
翌朝はホテルの裏手の公園などを散歩。少し時間に余裕が出てきて、気持ちにも余裕が出てきた。
ほかの写真は → こちら
三日目①・・イストラ半島3都市を巡る1日
まずは、オプティアから90kmのプーラ(イストラ半島内にある海岸の街)に向かう。
ほかの写真は → こちら
三日目②「プーラ」
イストラ半島の南の端に位置するローマ時代から栄えた古代都市で、円形劇場などの遺跡が残っている。
現在も、イストラ半島最大の街。
添乗員に連れられて旧市街を歩き、30分ほど歩いたところで解散し、集合場所まではフリーとなる。
ところが、市街地の地図を持っていなかったので、途中で一緒になったツアーメンバー(簡単な地図持参)と一緒になんとか集合場所に戻る。
ほかの写真は → こちら
三日目③ プーラからロヴィニへ
プーラからイストラ半島を北に約42km、バスで約40分のロヴィニ(イストラ半島内の海岸の街)に向かう
三日目④「ロヴィニ」・・リトルベニスと呼ばれる港町・・紅の豚のモデルとも言われている。
12世紀から約500年もの間、ヴェネツィア共和国に支配されていた。
添乗員と一緒に教会に向かったツアーメンバーと別れ、海岸線の道や裏通りを散策したが、その雰囲気は避暑地としては文句なく、最高だった。
ほかの写真は → こちら
三日目⑤「ポレッチ(ポレチュ)」・・紀元前2〜1世紀に古代ローマ都市として建設された、アドリア海屈指のリゾート地。
世界遺産のエウフラシウス大聖堂がある。
ロヴィニから北に35km、バスで40分ぐらい走り、ポレッチの近くのレストランで昼食を済ませてからポレッチ観光。
エウフラシウス大聖堂は入場観光だった。
世界遺産だけあって、未だに輝きを失っていない、神々しいキリストと12使徒、そして受胎告知などを描いたモザイク画は素晴らしい。
それにしても、意外に大聖堂内の観光客の数が少なかった。
ほかの写真は → こちら
三日目⑥ トロギールに向かう
ポレッチを15:25にバスが出発。向かうのは400km南にある次の宿泊地トロギール。
予定では20時ごろにホテル到着の予定だったが、数回のトイレ休憩を行い、トロギールのホテルに着いたのは21:55。
予想外に時間がかかった理由は、出発が30分ほど遅れた、トイレ休憩の時間が想定以上にかかった、前を走る車が遅いためにバスのスピードが出せない、ことなど。
三日目⑦「ブラックティー」
運転士のための30分休憩とトイレ休憩を兼ねて、高速道路のサービスエリアに立ち寄った時、カフェで紅茶(こちらではブラックティと言う)を注文すると、大きなカップにカットレモンとハチミツが付いてきた。とても美味しくてお得感のある紅茶だった。
三日目⑧ トロギールのホテルへ
スーツケースを部屋に持ち込む前に、ホテルでとても遅い夕食を食べる。
結局、寝たのは深夜0時半頃になった。
ホテルの部屋が、なんと寝室と居間?のふた部屋でびっくり。
前日までの部屋がスーツケース二つを置くスペースに困っていたことを考えると、雲泥の差であった。
ほかの写真は → こちら
四日目① トロギールの朝
トロギール旧市街は、本土と運河を挟んで橋で結ばれている小島である。
ホテルは、トロギールの旧市街である小島と更に橋(チヴォ橋)で結ばれているチオヴォ島にあった。
ホテルの一階はスーパーマッケットで、朝食後に海岸を散歩したついでに立ち寄り、買い物もした。
ほかの写真は → こちら
四日目② トロギールからシベニクへ
四日目の観光、まずホテルを出発したバスは、まだ観光していないトロギール旧市街を素通りして、昨夜
来た道を北へ戻って(55km)シベニクへ。
ほかの写真は → こちら
四日目③「シベニク」・・アドリア海に面した小さな街。
トロギールから1時間ほどでシベニクに着く。
バスターミナルから海岸通りを歩いて聖ヤコブ大聖堂(旧市街の中心にある。15世紀から100年以上かけて建築、ルネッサンス建築を代表する世界遺産)に向かう。
ほかの写真は → こちら
シベニク観光後、バスは来た道をトロギールに戻る。
ほかの写真は → こちら
四日目④「トロギール」・・城壁で囲まれた小島、起源はギリシャ時代まで遡る古都。街が世界遺産。
本土側のバスターミナルで下車し、橋を渡って旧市街のレストランに行く。
昼食後、街全体が世界遺産の旧市街を散策。
旧市街は1時間もあれば歩いてまわれるらしいが、添乗員に連れられて説明など聞いていたためフリーの時間はせいぜい15分。バスターミナル側のマーケットでハチミツや干しイチジクなどの土産物の物色で終わる。
ほかの写真は → こちら
四日目⑤「スプリット」・・首都ザグレブの次ぐクロアチア第二の都市。古代ローマ皇帝ディオクレティアヌスが作った宮殿(1700年前)を中心にした旧市街。世界遺産の街。
トロギールから南へ約30kmの街、スプリットに到着。
ディオクレティアヌス宮殿は、縦180m横150m、東西南北に4つの門を持つ。
宮殿内には博物館もあるが、人が住んでいて、土産物店もある不思議な空間。
もちろんカフェや各種ショップもある。
ほかの写真は → こちら
四日目⑥ スプリットからドブロブニクへ
16:30、今回のツアーで一番の目玉の街、ドブロブニクへ向かう。
距離は230kmだったが、予想以上に時間がかかり(4.5時間)、ドブロブニク近郊のホテル(シェラトンリビエラ)に着いたのは21:10。
さすが、シェラトン。このツアーで一番近代的でした。部屋も余裕があり、洗面台も二つ付いていて、アイロンセットもあり。
ほかの写真は → こちら
五日目① ドブロブニク近郊ホテルの朝
ドブロブニクの近郊にあるシェラトンリビエラ。目の前はプライベートビーチ。朝の散歩でホテルの周りを歩いたら、早い時間から道路の整備工事の職人が働いていた。道が整備されたらさぞかし良いリゾートホテルになりそうな感じ。
すぐ近くにスーパーマーケットもあったので、開店直後に入店し買い物をした。
前日までは晴れの日が続いていたが、この日は朝から曇り。
出発する頃は雨がぱらついた。
このツアーの目玉となるドブロブニク観光だが、天候には恵まれず。
ほかの写真は → こちら
五日目② ドブロブニクへ向かう
ホテルからドブロブニクに向かう道からは、アドリア海と海に突き出たドブロブニクの旧市街が見えた。
ほかの写真は → こちら
五日目③ 「スルジ山ロープウェイ」
ドブロブニクの城壁前に到着すると、現地ガイドと合流、旧市街には入らず、ロープウェイ乗り場まで歩き、しばらく待った後、ロープウェイでスルジ山に登った。
ドブロブニクを山頂から見ようとする観光客は、トップシーズンではないこの時期でも大勢いるので、定員25名ほどのロープウェイ乗り場は長蛇の列だった。
ほかの写真は → こちら
五日目④ 旧市街へ
ロープウェイの頂上駅では、解散から集合まで15分。
曇っていたのであまり良い写真は撮れず。しかも強い風が吹く中、降りるための行列に並んだ。
ロープウェイでスルジ山を降りた後、現地ガイドに連れられ、北の門からドブロブニク旧市街に入る。
坂になった細い路地を歩き、城壁内のメイン通りのプラッツァ通りへ出て、フランシスコ会修道院、オノフリオの大噴水(工事中)を見る。
プラッツァ通りを戻って、ルジャ広場、スポンザ宮殿、旧総督邸、聖ヴラホ教会、大聖堂、そして旧港に出る。
旧港近くのレストランでシーフードパスタの昼食を済ませ、ピレ門から出てバスに乗る。
ほかの写真は → こちら
五日目⑤ モスタルへ
ドブロブニク観光後、ボスニア・ヘルツェゴビナ領の世界遺産の街「モスタル」に向かう際、途中のネウムで停車し、30分散策の予定だったが、事情があって、ネウムでは停車せず、クロアチアとボスニアとの国境の街ネトコビッチのバスターミナルに、トイレ休憩を兼ねて停車。
この頃既に、雨の中のドライブとなっていた。
バスターミナルを出発後間もなく国境を越え、ボスニア領に入り、モスタルに向かった。
添乗員の話では、この国境越えについては、とても時間がかかることがあり、1時間ぐらいは覚悟する必要があったが、なんと10数分で通過することができ添乗員が驚いていた。
ほかの写真は → こちら
五日目⑥ 「モスタル」・・トルコ風の町並み、トルコのお土産屋がたくさんある世界遺産の街。
モスタルに着いた時は、まだ雨が降っていたが、石畳の道を歩いている途中から雨が上がる。
途中、1993年のボスニア紛争時に一部破壊された建物が20年以上そのままになっていた。
途中の土産物店にはトルコの土産物が多く、幾つものモスクと尖塔を見ることができた。
ボスニア紛争時に砲撃で破壊されたが、2004年に復元され、周辺が世界遺産に登録されたネトレヴァ川にかかる石橋(スタリ・モスト)を歩いた。石橋の真ん中にいる若者が、川にダイビングするから見物料として25ユーロ集めてくれと言っていると現地ガイドがツアー参加者に説明していた。そのうちダイビングしたのでお金が集まったのだろう。
スタリ・モスト石橋の先のオールドバザールを中心に、トルコ風の土産物店が多かったが、その値段はクロアチアの水準より安かったので、スタリ・モストの絵柄でモスタルの名前入りの皿の形をした置物を3ユーロで買った。
ほかの写真は → こちら
五日目⑦ ドブロブニクに戻る
モスタルからドブロブニク近郊のホテルに戻る途中、再びネトコビッチでクロアチアへの国境越えをしたが、なぜか今回も数分で通過でき、添乗員がびっくり。
その後もネウム(ボスニア領)の前後で国境を二度超えたので、この日は、結局6回も国境越えをしたことになる。
夕食はホテルに戻らず、ドブロブニクの街の中のレストランでイカリング揚を食べる。
食事自体は特に問題なかったけど、曇り空、風が強いのに、なぜかレストランの屋上での食事だった。しかも、このレストランの女性用のトイレの便座が固定されていないため、油断すると便座が落ちるというハプニングまであった。
ほかの写真は → こちら
六日目① ドブロブニクからプリトビチェへ
この日は一気に445kmを北上する。最初はアドリア海が望める一般道路、そして途中からは山の中を走る高速道路を延々とバスは走り続けた。
途中のクルカのサ−ビスエリアからはバチンツカ湖も見えた。少し時間があったので紅茶を頼んで屋外のテーブルで飲んだ。もちろん、レモンと蜂蜜が付いていた。
ほかの写真は → こちら
六日目②「プリトビチェ湖群国立公園」・・・世界遺産
ほぼ予定通り、プリトビチェに到着。
到着後、雨が強く、雨が一息つくまでの時間、プリトビチェの映像を建物内で見せてもらう。見終わって出てきたら、小降りになっていた。
その後、雨の中、現地女性ガイドを先導に湖と滝が見える道を歩いていたら、途中で雨が上がった。
そして、コジャク湖に着く頃には雲の切れ間から少し青空が見えるほどになってきた。
雨の中でも下の写真のような状況なので、晴れていたらさぞかし綺麗な滝が見られたかと思う。
こちらでは、3週間前には雪が降ったという。世界中で天候がおかしくなっているようだ。
ほかの写真は → こちら
公園ハイキングの後半は、モーター付きの船でコジャク湖を横断し、ホテルに近い船着場に上陸。
ホテルは、国立公園内で一番の三つ星ホテル「イェゼロ」
一番いいホテルというので、期待していたが、ちょっと期待外れだった。
唯一良かったのが部屋のキー。キーそのものはシンプルだが、重厚感たっぷりのキーホルダーが付いていた。
ほかの写真は → こちら
七日目①「ザグレブ」
ツアー最後の日、プリトビチェを8時前に出発。2時間ほどで、クロアチアの首都ザグレブに到着。
旧市街地にある、聖母被昇天大聖堂、ドラツ青果市場、石の門、聖マルコ教会、最後はイェラチッチ広場を観光し、後はフリーとなる。
スーパーマーケットで昼食とお土産を買い、野菜や果物を売る店が連なるドラツ市場でクロアチア最後の時間を過ごした。
たくさんの店がイチゴを山積みにして売っているので、さぞや美味しいと思い、安いこともあって試しに買ってみたが、日本のイチゴよりはるかに甘味が薄かった。
ほかの写真は → こちら
七日目② 帰国へ
旧市街から空港までは30分ほどで着いた。
ザグレブ空港からオーストリアのウィーン空港までプロペラ機で50分。
ザグレブ発は予定より15分だけ遅れたが、ウィーン発(成田行き)は定刻通り。
成田空港の税関では、我々の前の若いカップルがスーツケースを開けさせられ始めたので、時間がかかりそう、と思っていると、別の税関職員が我々の処理をしてくれ、なんのチェックもなしで即通過となって、一安心。
ほかの写真は → こちら
【後書き】
このツアー、途中いろいろハプニングが発生した。
その都度、困ったもんだ、などと不満を感じたことが何度かあった。
また、イストラ半島の三つの都市を回ったこともあり、スケジュールが厳しかった。
道路が混んでいたり、トイレ休憩などのため、予定より移動に時間がかかったりした。
夜遅くホテルに着き、それからホテル内で夕食をとることもあった。
それでも、終わってみれば全ていい思い出となった。
このツアー、会社が試しに行ったツアーだった模様。
参加者からの感想が「スケジュールがハード」という不満が多数あったのではないかと想像する。
そのため、翌年度から同様のツアーは実施されていないと思う。
現在(2019年)販売されているクロアチア8日間ツアーにイストラ半島の都市巡りは入っているのは見当たらない。
9日か10日間ツアーには入っているのもあるので、お金と時間に余裕のある方には、ぜひイストラ半島巡りがあるツアーに参加していただきたい。